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5月 29, 2017

京都大学、新スパコンでプラズマ物理学研究者がより現実に近いシミュレーションを実現

HPCwire Japan

プラズマ現象はその複雑な非線形性により、科学者にとって厄介な研究上の問題をしばしば引き起こす。シミュレーションで現実的な解像度を取得するには、数十テラバイトのデータを処理する必要があるため、HPCシステムの性能が鍵となる。京都大学のHPCシステムを利用しているプラ ズマ研究者は、ピーク性能が5.48ペタフロップスとなるIntel Xeon Phiプロセッサ搭載のCray XC40からなる新しいシステムの可能性に期待を寄せている。このシステムにより、研究者達はプラズマ現象に関する質問にこれまでより正確に答えることができるようになるだろう。

地球近傍現象の研究

この新しいシステムを使用しているプラズマ研究者として、神戸大学大学院システム情報学研究科准教授で計算宇宙科学が専門の三宅洋平氏と京都大学生存圏研究所准教授の海老原祐輔氏がいる。海老原氏の研究は、人間が活動する地球近傍の宇宙環境におけるプラズマの影響に焦点を当てている。一方、三宅氏は次世代の宇宙船設計のために、宇宙船とプラズマの相互作用解明に焦点を当てている。

三宅准教授によれば、人類は様々な重要な目的の為に、人工衛星に大きく依存しているが、宇宙船とプラズマの相互作用は依然として十分に理解されていない。 「プラズマによる、宇宙船の表面上の帯電は一般的な現象です。問題は、関連して発生する放電が宇宙船システムに損害を与える可能性があることです。」と三宅准教授は説明する。 「スラスタや電気推進などの宇宙船システムからのアクティブなプラズマ放出も宇宙環境を乱します。次世代の宇宙船では電力と電圧を増加させます。それに伴い、宇宙船が周囲のプラズマとどのように相互作用するかを理解することは、信頼性の高いシステムを構築する上でますます重要になっています。この研究には、非常に大規模なプラズマ粒子シミュレーションが必要とされています。」

海老原准教授の研究は、プラズマ現象を説明しようとする物理学者が直面する課題をうまく物語っています。彼のチームは、オーロラ嵐の原因について、これまでの定説を覆してしまった。「オーロラ嵐における電流システムの全体的な発達は、磁気流体力学(MHD)プロセスによって説明できることを実証しました。以前は、オーロラ嵐の様々な側面に焦点を当て、理論を混在させてオーロラ嵐を説明しようとしていました。オーロラ嵐の静穏時から拡張期への全体的な進化を説明する一貫したモデルはありませんでした。 私たちのMHDシミュレーションにおいては、オーロラ嵐の基本的な特徴は、太陽風 – 地球システム系内で、自発的に現れます。オーロラ嵐の最も重要な特徴を再現することで、オーロラ嵐の背後にある物理を最終的に理解することができました。」シミュレーションでは、約3GBの「スナップショット」ファイルが数百件あり、合計約600GBにもなる。 海老原准教授は、大学の新しいHPCシステムがシミュレーションを効果的に分解能に向上させた事に注目している。さてここで、分解能が高いオーロラの微細構造を用いれば、いわゆる西向きに動くサージが自発的に現れてくる模様を見てみよう。

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図1:高分解能シミュレーションにおけるオーロラ嵐の発達

 

多層にわたる最適化の課題

三宅准教授は、「近年のHPCシステムの進歩をみるまでは、チームが取り組もうとしていた大規模な問題は、ほとんど処理できませんでした。私達の数値的アプローチである、Particle-in-Cell法に基づくプラズマ粒子シミュレーションは、プラズマ中の自己生成電磁場下での微視的なプラズマ粒子ダイナミクスの動態を記述するものです。実際には、荷電粒子と電磁場の複雑な相互作用が起こる最も厳密なプラズマ記述の1つです。」と、説明する。 「私たちのシミュレーションでは、統計的に正確な解を得るために、離散化されたシミュレーション領域にマッピングされた大きな数(最大1011)の粒子を取り扱っています。対応する問題のサイズは数十テラバイトを超えるため、スーパーコンピュータ上の分散メモリに必要なデータを分散する必要があり、さらに並列計算に適したスキームが必要になります。」

三宅准教授のチームは、新しいシステム向けのコード並列化と最適化を行っているが、「詰まるところ『シミュレーション』から 『計算実験』への数値的研究のパラダイムシフトを起こすような現実的な計算を実行する機会を得ているが故に、チームが努力する価値があるのです。」と、彼は言う。「性能とメモリ容量を増やすことで、より大規模なシミュレーションが可能になります。しかし、これはあまり重要ではありません。なぜなら、私たちのシミュレーションには3次元の空間と1次元の時間が含まれているからです。つまり、1000倍の性能向上があったとしても、シミュレーションの各次元でみれば10倍の向上しかないわけです。代わりに、新しいHPCアーキテクチャを効率的に利用するための、コードの改善や最適化を実施する事によって、我々のシミュレーションコードの能力が大幅に向上します。」と三宅准教授は説明する。

Xeon Phiプロセッサ用のコードを最適化するために、三宅准教授と彼のグループは、プロセスの並列化、スレッドの並列化、SIMDなどのアーキテクチャの各階層に対応する最適化を慎重に検討している。その間、x86システムをベースにしているコードは、新しいシステムでそのまま実行することができる。三宅准教授は、これは重要な点だと述べている。なぜなら、シミュレーションの実行をすべての最適化作業が完了するまで待つ必要が無いからだ。同氏は、これもGPUよりもインテルのMIC(Many Integrated Core)アーキテクチャを採用した事の利点の1つであると、述べている。

一歩一歩

宇宙船とプラズマの相互作用に関して最適化を行うには、まだまだやるべきことがたくさんあると三宅准教授は述べている。 「最終的には、地球近傍宇宙におけるプラズマ環境のダイナミックスから、宇宙船(衛星)への荷電粒子の全流束とエネルギーの流入過程、そして人工衛星上の電気システムへのそれらの影響に至るまで、多くの課題を解明する必要があります。これらは、科学的・工学的な考慮が必要な極度に複雑なシステムであり、私達は高性能コンピューティング技術によって可能になる計算実験に大きく依存しています。」と彼は説明する。

海老原准教授の大きな目標は、オーロラ爆発がいつ、なぜ発生するのか、そして放射線帯がいつ、なぜが増加するのかという、オーロラ爆発に関する長年に渡って未解決な問題に答えることだ。そのために、彼のチームはオーロラ爆発と放射線帯をひとつのシステムとして人工的な境界条件なしにスーパーコンピュータ上に再現することを計画している。

三宅准教授、海老原准教授は、巨大な計算負荷を処理できるシステムにアクセスできるだけでなく、メニーコアとSIMDベクトル化計算に深い経験を持つ京都大学のスーパーコンピューティング研究室の専門知識を利用することもできるという、幸運にも恵まれている。京都大学学術情報メディアセンター(ACCMS)で、スーパーコンピューティング研究室を統括し、スーパーコンピュータシステム運用委員会の委員長を務める中島浩教授は、「最先端の有望なテクノロジーを利用する高性能コンピューティング・システムをユーザーに提供することが最優先事項です。新システムは、三宅、海老原両氏の研究を進展させるために必要な性能を提供できると確信しており、我々は共同研究プログラムによって新技術への容易な移行をサポートします。」と語っている。