世界のスーパーコンピュータとそれを動かす人々


8月 8, 2013

映画にマジックをもたらす乱流シミュレーション

HPCwire Japan

Scott Gibson, National Institute for Computational Sciences

ニールス・サーレイが成し遂げたことで、コンピュータ・モデリングとシミュレーションはよりダイナミックな方向に進んでいくと、人は考えるかもしれない。彼と3人の同僚は、2012年に映画芸術科学アカデミーから技術貢献アカデミー賞を受賞した。受賞理由は、高速で制御可能な煙の動きと爆発のシミュレーションアルゴリズムを開発したことと、上映映画の中の燃える馬の90秒のシーンや彼の最先端可視化技術を駆使した炎のスローモーションの場面の数々だった。

馬と炎の場面は、紀元前480年のテルモピュライの戦いに関する映画“300”の前編“Rise of an Empire,”から来ている。特に、サーレイと彼の同僚セオドア・キム、マーカス・グロスとダグ・ジェームスは、“Wavelet(さざ波)乱流ソフトウエアの開発・公開・配布”を認められてオスカーを受賞した。受賞理由によれば、このアプリケーションの技術は、“極めて詳細な気体シミュレーションを高速かつ芸術的な表現に高め、最終イメージのこの効果を容易に制御し加えることができるようにした”ことである。このソフトウエアは、アバターやアイアンマン3など30もの上映作品に使われてきた。

"産業界に真の意味でインパクトをもたらす技術を見れるのは素晴らしいことじゃないか。それは役に立っているし、大きなスクリーンで目の前にできる。"とサーレイは言う。

先日サンディエゴで開催されたXSEDE13 カンファレンス ー米国のコンピュータ・ネットワーク基盤を利用・支援する研究者、スタッフや企業のための年次大会ー で、サーレイは、特殊効果のための乱流モデリングとシミュレーションに関する技術方法論の概要を講演した。

シミュレーションと繰り返し

シミュレーションによる特殊効果は、データの並列化やGPUによる高速化など、HPCのおかげで大きく進展してきた。サーレイの説明によると、映画制作における芸術的な方向付け(プロジェクト・コントロール)に次いで重要なのが特殊効果シミュレーションの時間である。HPCを使い平均半日で結果が出てくれば、映画芸術家を満足させることができる。

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映画制作では、炎、煙や水を可能な限りリアルにみせるように、複雑な動きの乱流レンダリングを制御したい。一般的には、粗いが速いシミュレーションから始めて、詳細で解像度の高いものに移行していくというアプローチを取る、とサーレイはいう。

炎や煙や水といった流体のシミュレーションが、特殊効果の基本レイヤーになる。この上に、色、質感や粒子といったレイヤーをかぶせていく。“それぞれのレイヤーを確認できたら、シミュレーションはそのレイヤーを‘ロック’し、変更しない。”とサーレイは語り、さらに、“普通どんな映画にも繰り返しがたくさんあるものだ。アーティストは、上司や顧客からの意見を取り入れた幾つかのバージョンを作成しておいて、全員がハッピーになるまで、もしくはなるべくパッピーになるまで、繰り返す。”

効果を詳細に付加して行くために、研究者は、小さな渦のなかにさらに小さな渦を作るにはどうすればいいかを探る。音楽でいうオクターブ音を混ぜるのに似ていて、乱流の中の異なる大きさの渦を分離し、大きな渦がより小さな渦に分解されて行くようにしたいのだ。“我々は、粗い粒度のシミュレーションの中にうまいこと混ぜらるような、適切な大きさの渦を得たいのだ。”とサーレイは説明する。

キム、サーレイ、ジェームズ、グロスたちが分担して行うこの特殊効果を作り上げるには、アーティストのやりたいことを概念化し、粗いシミュレーションモデルを作成してみて、一回限りの細かな変更の繰り返しを行い、動きを追いかけ、乱流効果を付加する、といった手順を繰り返す必要があるのだ。

もっと粒子を、もっとリアルに

 

サーレイと彼の同僚たち、チューリッヒ工科大学コンピュータ・グラフィックス研究所のトビアス・プラッフ、NVIDIAのジョナサン・コーエンとサラ・タリクは、乱流を極めて詳細に解いて行くスケーラブルな方法を開発し、SIGGRAPH Asia 2010で、“Scalable Fluid Simulation using Turbulence Particles” という論文を発表している。サーレイは、XSEDE13の講演でその論文のハイライトである、煙の流れに取り入れる乱流エネルギーを計算する際に、いわゆる2方程式型K-イプシロンモデルをどのようにして適用したのか、を説明した。次の手順として、よりリアルさを追求するために、流れの効果を打ち消さないように粒子を付け加える。その結果として、乱れてうねる煙になるのだ。サーレイは、GPUを使うことでもっと高速になれば、もっと興味深い流れを計算することができるはずだと、付け加えた。

"計算流体力学における古典的な乱流モデルの使い方は、いわば、平均量について理解することである。例えば"、とサーレイは語る、"グラフィックスについていえば、我々は乱流とその可視化イメージを正確に同期させることにより興味を持っている。古典的な方法とは目標がそもそも別なのだ。"

あらゆることが可能

 

HPCは、スクリーンで目にする爆発だけではなく、言ってみれば”非可視化されたVFX“のような形でも活用される。"創り出すのが簡単になればなるほど、あらゆるシーンで使うことができるようになる。"サーレイは言う。講演で彼が示した一つの例は、俳優の体にシミュレーションされた傷を付加することだ。

計算機の力と、特殊効果に関する研究で可能になった先進的な技術によって、"あらゆることが可能、けれどもまだかなり高価だ。"、サーレイは続ける、"特殊効果には、かなりの規模の計算が必要だ。結果の予測が難しいので、望むような形や動きになるまで、何度も繰り返し計算しないといけない"

サーレイの研究と講演の内容は、XSEDE ecosystemでの横断的な活動ととてもよく合致するものだった。XSEDEのテクニカル・プログラム委員長のアーミド・マジュムダールによれば、"HPCシミュレーションで生成される数テラバイトからペタバイトにおよぶデータの可視化は、XSEDEユーザが行う科学プロセスの開始から終点までのなかでも大きな位置を占める。ニルスの講演は素晴らしかった。先進的なアルゴリズムと乱流という特定領域の科学知識をいかに結合して、あのような驚くべき可視化を行ったことが、彼の語りでわかったのだ。

サーレイはXSEDEのよさを褒め称えて語っている、"HPCという分野のためにこのような強力な組織が存在することは実に素晴らしい"。

企業や非営利団体の協力を得ながら、NSFのExtreme Science and Engineering Discovery Environment (xsede.org)によって運営されるXSEDE年次大会は、コンピュータ・ネットワーク基盤に関する先進的な研究や、科学や社会に貢献する統合的なデジタル・サービスに興味を持つ人々の幅広いコミュニティーを提供している。XSEDE13は、サンディエゴで7月22日-25日に開催され、XSEDE14は、7月13日-18日にアトランタで開催される予定である。詳しい情報については、https://conferences.xsede.org/xsede14