スーパーコンピュータで脳研究を加速
Aaron Dubrow, Texas Advanced Computing Center
頭脳は、世の中で知られている中でもっとも複雑な装置である。1000兆のシナプスで結合された1000億のニューロンを持つ脳は、世界で最も強力な有機化合物製スーパーコンピュータとも言えるだろう。なんといってもすごいのは、冷蔵庫の中の明かりと同程度の高々20ワットの電力で動作することだ。
生物学研究施設サルク協会の計算ニューロ生物学研究所ディレクター、テレンス・セジノウスキによって、興味深いアイデアが提示された。彼は、カリフォルニア大学サンディエゴ校のニューラル計算研究所の共同ディレクター、ハワード・ヒューズ医学研究所の研究員でもあり、NIH(国立衛生研究所)で2013年4月に開始されたBRAIN (Brain Research through Application of Innovative Neurotechnologies)構想のディレクターへの諮問委員会メンバーに任命された。
プログラムが発表されたとき私はホワイトハウスにいたんです、とセジノウスキは語る。とてもエキサイティングでした。大統領から、私が生涯をかけている仕事が、今後15年間国家の優先事項になると言われたのですから。
このイベントにおいて、脳研究を促進する革新的なツールや技術を開発するために、NIH、NSF(国立科学財団)、DARPA(国防高等研究局)が、初年度で110万ドルを投入することをコミットすると公表した。これにより、本構想がしっかりとした地歩を固められることになる。
サンディエゴで開催されたXSEDE13(訳注:Extreme Science and Engineering Discovery Environment)—米国のコンピュータ・ネットワーク基盤を利用・支援する研究者、スタッフや企業が集まる年次会議—における講演で、セジノウスキは、ニューロ科学が過去十年に渡って、如何に立ちはだかる課題を克服し、急速に進歩してきたかを語った。また、HPC、可視化やデータ管理、分析技術が次世代のニューロ科学革命においてきわめて重要な役割を果たすことになるだろう、とも述べた。
脳をより深く理解することは、精神的な機能の根本を司るプロセスを明確に把握することにつながるのである。医者が精神障害や脳の変性疾患(訳注:アルツハイマー病など)を理解し診断することに役立つのはもちろんのこと、おそらく将来これらの病気を予防する手立てを見つけることに寄与するかもしれない。
“脳が正常な時に起きていることを理解できるだけではなく、精神障害のように正しく機能していない時に起こっていることも理解できるはずである。”と彼は言う。
今のところ、この夢は途上にある。脳の活動は、原子から巨視的レベルまでのあらゆるスケールで生じており、それらすべての挙動が脳の活動に寄与している。脳が多種多様な要素を織り込み、複合化しているかを示す一連の可視化ができたとすれば、脳のそのような一つの側面を理解することさえ、課題に満ちているとセジノウスキは説明する。
(下記に示す)一つの動画で、 軸索、樹状突起や他の要素が、神経網と呼ばれる脳の小さな部位の中に互いに密接につながっている様子を観察することができる。彼はこの構造をスパゲッティ・アーキテクチャになぞらえた。二つ目の動画は、脳が電気信号によって複雑に挙動し合い、多岐に渡る領域で発光する花火のように振る舞う様子を示している。
急速な進歩にも関わらず、現実はマウスはおろか虫の脳の全体画像でさえ得るのに、何年もかかるのが現実である。ニューロ科学者たちが設定した目標にたどり着くには、加速度的な進捗速度が要求される。このため、BRAIN構想においては、現場の世界に驚異的なインパクトを与える可能性のある最新技術やツールに焦点を当てている。
”振る舞いを支配するニューロンから順番にデータを記録することができたなら、脳が用いるアルゴリズムを理解できたことになる”、とセジノウスキは述べる、”それが実現したら、すぐにでも役に立つ”。
より規模の大きい、総合能力に優れた高性能スーパーコンピュータとその上で動作するツールや技術があれば、複雑さを増す一方の数値モデルやfMRIや他の撮影手段から集められた手に負えないほど大量のデータを扱うことも可能になる。セジノウスキが信頼するそのほかのツールや技術は、産業用電子顕微鏡、高度化した光学的遺伝子分析、機械学習による画像分割、進化した計算幾何学、”ビッグ・データ”のボトルネックを解決できるだけのクラウド資源などだ。
”テリーの話は、XSEDE13の観衆やXSEDEコミュニティ全体を大きく鼓舞するものだった。”とXSEDE13のテクニカル・プログラムを主催したアミット・マジュムダールは述べる。マジュムダールは、サンディエゴ・スーパーコンピュータ・センター(SDSC)の科学計算アプリケーション・グループを率い、カリフォルニア大学サンディエゴ校の放射線医学・応用科学部とも仕事をしている。”コンピュータ・ネットワーク基盤での先進的な役割を果たしているXSEDEにおいて、スーパーコンピュータとデータ資源にアクセスするツールと技術がBRAIN構想の大きな部分を担っていることを聞くのは、すばらしいことだ。”
過去10年にわたってセジノウスキは、MCell(Monte Carlo Cell)とCellblenderという二つの脳シミュレーションソフトウエアを開発する研究者チームを率いてきた。Mcellは、脳形状の空間的にリアルに3D化された(脳スキャンし計算機で解析し、決定される)モデルを結合し、さらに脳のセル内やセル同士での分子活動や反応をシミュレーションする。たとえば、脳の化学的な振る舞いを支配している3D形状部分を活動的なイオンのチャネルで満たすというような方法で。Cellblender のほうは、MCellで得られた結果を計算生物学者よりよく理解できるように、可視化するソフトウエアである。
これらのソフトウエア・パッケージは、国立衛生研究所(NIH)、ハワード・ヒューズ医学研究所、国立科学財団(NSF)の協力のもと、ピッツバーグ大学、ピッツバーグ・スーパーコンピュータ・センターとサルク協会の研究者たちが、共同で開発した。
MCellとCellblender は、正しい方向性にある一つの段階ではあるが、最新の驚異的な画像ツールから得られる巨大なデータを扱うには、その限界を超えるようになるだろう。”データを探索しモデル化するにはより優れたアルゴリズムと高速のコンピュータシステムが必要になる”とセジノウスキは語る。”求めている知見は、巨大なデータから直接来るとのではなく、データが我々に語っているものから得られる。
”スーパーコンピュータだけでは不十分だと、彼は言う。この規模のような野心的で長期的なプロジェクトを進めていくには、学生と若い専門家からなる軍団チームを必要とする。
セジノウスキはBRAIN構想の宣言を、J.F.ケネディが、アメリカ人を月に送ると宣言したときの有名なスピーチになぞらえる。8年後にニール・アームストロングが月に到着したとき、彼をそこに送ったNASAのエンジニアたちの平均年齢はは26歳だったのだ。宇宙旅行を実現させるというJFKの情熱に鼓舞され、ソビエト連邦との競争に勝つことに奮い立ち、才能のある若者たちが群れを成してNASAに加わったのだ。セジノウスキは、ニューロ科学と計算科学の分野にも起きてておかしくないと、期待している。
“このアイデアを実行するには、ちょうどいい時期だ。“と彼は言う。“ツールや技術がまさに成熟しつつあり、我々が必要とするのは、研究規模を加速させるだけの十分なリソースがありさえすればよい。“
企業や非営利団体の協力を得ながら、NSFのExtreme Science and Engineering Discovery Environment (xsede.org)によって運営されるXSEDE年次大会は、コンピュータ・ネットワーク基盤に関する先進的な研究や、科学や社会に貢献する統合的なデジタル・サービスに興味を持つ人々の幅広いコミュニティーを提供している。XSEDE13は、サンディエゴで7月22日-25日に開催され、XSEDE14は、7月13日-18日にアトランタで開催される予定である。詳しい情報については、https://conferences.xsede.org/xsede14