世界のスーパーコンピュータとそれを動かす人々


11月 18, 2013

EU、統合スーパーコンピューティング戦略を要求

HPCwire Japan

Tiffany Trader

ヨーロッパ随一の研究共同体である PRACE(Partnership for Advanced Computing in Europe)が「全てのためのスーパーコンピュータ」というビジョンの下に欧州の競争力を高めようとするより包括的なアプローチを開始した。科学界においては確立されたHPCを、今こそ各業界に渡ってスーパーコンピューティングの利点を浸透させ、経済的機会をもたらすようにする時だ。この新しい指針に光を当てるべく、PRACEはヨーロッパが直面する課題および2014年1月から始まる700億ユーロ規模の最重要R&DプログラムであるEU’s Horizon 2020の主要なテーマとその推進策を記載した特別報告書を発表した。

報告書「全てのためのスーパーコンピュータ:HPCの次のフロンティア」から発展した名前のイベントが9月ブリュッセルでScience|Businessの主催により開催された。そのイベントでのPRACE議長Catherine Rivièreおよび他の専門家達の下した結論は、科学界も産業界のどちらもまだHPCの可能性を最大限に引き出すには至っていない、という事だった。

特別報告書では、「スーパーコンピューティングは、21世紀における成長と革新を推進するために絶対に必要不可欠である。」というときの声から、創薬研究、金融、気候科学のような重要なトピックについてのケーススタディまで、様々な領域をカバーしている。これは、ヨーロッパについて書かれた報告書だが、その内容はどこの国にでも当てはまる。

PRACE評議会議長Catherine Rivièreは、報告書の序文に次の様に書いている。

「PRACEは2010年の設立以来特筆すべき発展を遂げてきました。2012年にはオープンな研究のために産業界にスーパーコンピューティングの資源とサービスを開放するようにしました。そして今は、資源を共用することが如何に欧州における研究と産業を強化するかの模範である弾力的で汎欧州の基盤システムをサポー トしています。しかしながら、スーパーコンピュータの世界で欧州の立場を強化し、全ての科学界と産業界でHPCの利用を促進し、将来にわたるインフラ持続可能性を確保するために、まだ多くの事を成されなければならない。

HPC技術から最大限の可能性を引き出すには、単に処理能力へのアクセス以上のものが必要である。過去十年があまりにも性能に焦点を当て過ぎてきたというのであれば、エクサスケールスーパーコンピュータ構築や適切なアプリケーションの開発の困難さは、もっと全体的な課題に挑戦する良い機会になるだろう。グローバルなエコシステムの課題が、技術的挑戦から医療や気候科学の分野に渡る現在抱えている問題の解決に役立つであろう。PRACEにとって、この大規模な取り組みと再重点化の主要な目的の一つは、欧州の産業界が必要とする技術とサービスを提供することにある。と、Rivière氏は述べている

「この十年間でHPCは科学の方法論そしてその生産性を変革してきました。今この分析能力を、意思決定を改善するために、技術革新に拍車をかけるために、さらに競争力を高めるために、産業界に開放しなければなりません。」と報告書の著者は述べている。

もちろん、 HPCの拡大はすでに始まっている。 1960年代以降、スーパーコンピューティングは、政府や大学のデータセンターへの政府R&D基金の援助により進展してきた。そしてこの10年は、産業界が設計の革新、競争力や収益性向上のためにHPCに何ができるか注目するようになってきている。HPCを導入する余裕がある企業では、 HPCが技術革新を後押し、開発コストを削減し、市場投入までの期間の短縮することができて、ビジネス上有意義であった。その成果は、より安全な車、より静かな飛行機、そしてより効果的な薬という形で国民が享受できた。

ビッグデータの要求要件、オーダーメイド医療への挑戦、持続可能エネルギーの必要性を考えれば、そこにはまだまだより強力なコンピュータのニーズが存在する。これらの大規模なモデリングとシミュレーションで必要とされる複雑さの度合いは、現在の最高性能のシステムより百倍以上の強力な、次世代スーパーコンピュータによってのみ対応することができる。

欧州委員会のWebページ「DG Connec(総局コネクト)」の「eInfrastructure Unit」長であるKonstantinos Glinos氏によれば、EUはスーパーコンピューティングの競争においては優勢な位置をしめている。しかしながら、エクサスケール時代の恩恵を享受し、科学界と産業界に技術的な利点を提供するにはHPCに対するさらなる投資が不可欠である。

しかし、Glinos氏はハードウェアに対する過度の強調に対しては次の様に警告している。「私達は単に現金を必要としているのではありません。全体的なHPCエコシステムを目指しているのです。私達は次世代の技術とアプリケーションを開発し、EUの産業界や科学者が必要とするHPCサービスを提供し、計算技術の可用性を確保する必要があります。」

報告書はまた、迅速な行動によってのみEUは遅れを取り戻す事ができる、というメッセージを前面に押し出している。「Horizon 2020」戦略の重要なポイントの一つは、技術がヨーロッパの競争力とクオリティ・オブ・ライフの向上に不可欠であるということだ。Glinos氏は、「他の国が不可欠の優先事項としてHPCを擁立してきたのに較べて、ヨーロッパはこれまで、他の地域よりも大幅に少い投資のみで、同じようなの優先度をHPCに対して持っていなかった。」と指摘している。
Glinos氏は、協調努力に資金を提供する意思があるなら、欧州はすぐに追いつくことができると主張している。彼は、知識と能力が不足している状態で始まりながら、比較的短時間で見事な結果を成し遂げた国の例として中国を引き合いに出している。

「我々がこの競争のリーダーになりたいと思うなら、欧州委員会はその役割を最大限に果たす。 しかし、それは業界がリスクを取り投資する意思があるかどうか、また加盟国どの程度積極的に係わるかにも大きく依存している。」と彼は語った。

EUの「すべてのためのスーパーコンピュータ」戦略にはコラボレーションが不可欠だろう。このような大規模な事業に関連する課題や必要なコストは一国の負担を超えているが、個々の取り組みと資源の共有化を通じて多くの事が達成できるだろう。「今こそ、行動を起こして欧州の長期的な共通の利益を目指すように舵を切るべきです」と Glinos氏は述べている。

統合された戦略の下にすべての重要な取組み事項が明確に規定されたより総合的、全体的なアプローチに対して行動への呼びかけがなされている。Horizon 2020プログラムには、 HPCに対する以下の三つの主要な支援項目が含まれている。

+ PRACEは、インフラ運用コストをカバーするための取組み案を検討中であり、産業界と学界のためにHPCリソースの提供を継続して行っていく。これらの取組みは、 Horizon 2020プログラムの「Excellence in Science」の柱として位置付けられている。

+ ETP4HPC(The European Technology Platform for HPC)は、欧州産業界のためにEU独自のエクサスケール技術の開発を推進していく。

+競争原理により決定されるいくつかの異なる応用分野における、HPCのエクセレンス・センターの創出。
最初のセンターは2015年に発足予定である。これらのセンターにおいては、研修プログラムを通じて熟練HPCプログラマの不足を解決するための方策が焦点の一つである。 また、中小企業におけるHPC利用を増進させる役割もある。

特別報告は、欧州の指導者たちが科学と産業の地盤を喪失するのではないかと憂慮していることを明らかにした。スーパーコンピューティング技術を活用できる国力が、ますますその国の総体的経済的地位 を示す指標になりつつある。欧州議会の一員であるIoannis Tsoukalas氏は、「スーパーコンピュータは、贅沢な装飾品や単なる科学的なツールではありません。今日の研究や技術開発の方法論を考えれば、それは必要不可欠なものです。 」と述べている。

「スーパーコンピュータの最新のTOP500のリストをチェックすると、」と彼は続けます。「ヨーロッパ勢はトップ10にドイツの2サイトが存在するだけです。総数でも、欧州は米国と中国の後塵を拝しています。米国と中国がゲームチェンジャーになるであろうエクサスケールシステムの開発を迅速に進めています。欧州がそれに取り残されるような事があってはならないのです。」