世界のスーパーコンピュータとそれを動かす人々


1月 26, 2023

理研、「バーチャル富岳」をAWS上に展開

西 克也

エクサスケールコンピュータを目指したナショナル・フラグシップ・スーパーコンピュータの開発は米国、EU,中国、日本を中心に熾烈な競争が続いている。そこで得られる価値は何だろうか?計算した結果で何が得られたかだけなのか?1月24日に東京で開催された富岳の成果普及のための「富岳 EXPANDS」と題したシンポジウムにおいて、松岡聡センター長は、「富岳の価値はハードウェアだけではなく、アプリケーションを含むソフトウェアソリューションを含んだすべてなのです。」と述べ、その価値を拡大するためにAWS上に「バーチャル富岳」を構築する計画を発表した。

「富岳は最先端のサイエンスを追求する成果創出プログラムだけでも30近くあります。そのひとつひとつのプロジェクトが非常に素晴らしい成果をあげており、今日はそのサンプルみたいな例を紹介しました。例えば気象庁では富岳によって線状降水帯の研究がものすごく進んだそうです。あまりにも進んだので気象庁は富岳と同じシステムを自分専用に購入することになっています。このように富岳は国民の安全安心のための成果が数多くでています。これはまだ序の口であると言えます。富岳ではいろいろなソリューションができていますが、富岳の枠の中で留まっているだけでは効果は限定的です。もっと産業とかいろいろなところで発展して欲しいと考えています。」 

 
  富岳EXPANDSでのパネル討論

「本当に大事なのは富岳の成果と言うのはハードウェアだけでなく、ソフトウェア、アプリケーション、規模、ノウハウなどのソフトウェアソリューションを全部含んだものです。このようなソリューションはいろいろなとことで使えた方が良いのです。富岳は汎用的なマシンですが、超高精度で、普通のコンピュータの何十万倍も何百万倍も高速なマシンです。その汎用性はソリューションが普及して欲しいからだせたわけです。専用のハードウェアだけでしか動かないものは普及しません。普及しなければ使う人が少なくて結果を出すことができません。汎用性と高性能を両立させるのは技術的には大変難しいですが、富岳では実現することができました。」

理研ではこれらの成果を普及させるためにクラウド技術を利用することを考えている。理研には2つのクラウド戦略があり、第一弾として開始したのは富岳自体をクラウド化することだ。富岳をクラウドの一部として動作させることで、ソフトウェアだけでなく、富岳のいろいろな機能を使えるようにする戦略である。ターゲットとしているユーザは富岳の利用者を想定している。富岳で研究を行ったユーザが実際の製品開発を行う場合に富岳と同じ環境を有償で利用するスキームである。

今回理研が発表したAWSとの連携は、理研の2つ目のクラウド戦略にあたる。AWSはARMベースのAWS Graviton3プロセッサを搭載したc7gシリーズという富岳と互換性の高いインスタンスを持っている。理研はこの点に目をつけ、このインスタンス上に富岳のソフトウェアソリューションを展開することで、いわゆる「バーチャル富岳」を作ろうとしている。

 

その日に開催された理研のシンポジウムではパネル討論が行われ、日本のクラウド事業者の草分け的存在であるさくらインターネット株式会社の子会社であるプラナスソリューションズの臼井社長も参加していた。理研のAWSへの展開を受け、臼井社長は「当社でも以前ARMベースのリソースを販売したことがありましたが、全く売れませんでした。」と述べた。それに関して松岡センター長は、「Windowsだけしか入っていないパソコンは使うためにはソフトウェアを入れて環境を整える必要があります。」と述べ、今回のAWSとの連携がハードウェアではなくソフトウェアソリューションがメインであることを強調した。

ただAWS上への「バーチャル富岳」の構築にはまだ課題が残されている。富岳で開発されたアプリケーションを含むソフトウェアソリューションは、コンパイラやライブラリなど富士通が提供するプログラム開発環境上で構築されている。これらは富士通の独自製品だ。AWSでは使うことができない。AWS上で富岳のソフトウェアを動作させるためには、AWSで用意されているプログラム開発環境に合わせて再度構築し直す必要がある。プロセッサが似ていると言っても富岳とは全く異なる環境のプラットフォーム上に富岳のソフトウェアを再構築するのは相当な手間と時間を要するだろう。もうひとつの手立ては富士通がAWS用に自分たちの開発環境を提供することだ。これも恐らく時間が掛かるだろう。

松岡センター長が説明した計画では、2023年3月までに数種類のアプリケーションをAWS上に移植し、2023年度上期中に環境の構築とベンチマークを実施し、2023年度下期には利用者にパッケージとして提供したい考えだ。しかし、先に述べたようにまだ課題が残っており、予定通りに進めることができるかどうかは疑問だ。また、これが成功したとしても、実際に利用されるかが最大の課題だろう。一方、日本ではすでに「富岳」の次のフラグシップ・スーパーコンピュータの開発を目指したフィジビリティスタディが開始され、2024年3月までに方向性が決まる予定だ。