世界のスーパーコンピュータとそれを動かす人々


新・HPCの歩み50年

新HPCの歩み(第16回)-1958年(a)-

10月 19, 2020 |

日本では、電気試験所では接合型トランジスタによるETL Mark IVが完成した。パラメトロンでは、東大のPC-1、東北大のSENAC-1、日本電気のNEAC-1101、富士通信機のFACOM 200、日立製作所のHIP Read more…

新HPCの歩み(第15回)-1957年-

10月 12, 2020 |

Los Alamos研究所ではMANIAC IIを開発した。CDC社や、DEC社や、Fairchild Semiconductor社などが設立された。Livermore研究所のAlder等は剛体球の集団の相転移(Alde Read more…

新HPCの歩み(第14回)-1956年-

10月 5, 2020 |

富士通信機製造は商用リレー計算機FACOM 128を開発し、1号機を文部省統計数理研究所に、2号機を有隣電機精機に納入した。IBM社はStretchプロジェクトを正式に開始し、IBM 704の100倍の性能を持つコンピュ Read more…

新HPCの歩み(第13回)-1955年-

9月 28, 2020 |

1955年、UNIVAC 120が東京証券取引所と野村證券に導入された。アメリカのLivermore研究所のEdward TellerはスーパーコンピュータLARCの開発をUNIVACと契約した。IBM社はIBMの商用機 Read more…

新HPCの歩み(第12回)-1954年-

9月 21, 2020 |

東京大学の院生であった後藤英一は1954年5月にパラメトロンの原理を発見した。日本科学技術連盟の機械活用研究会では、パンチカードマシンを科学技術計算に応用する努力を進めた。富士通信機製造はリレー式計算機FACOM 100 Read more…

新HPCの歩み(第11回)-1953年-

9月 14, 2020 |

Remington Rand社 は、UNIVAC 120を出荷し、UNIVAC 1103を発表した。IBM社はIBM 650を発表した。Burroughs Adding Machine社はBurroughs社に社名を変更 Read more…

新HPCの歩み(第10回)-1952年-

9月 7, 2020 |

富士写真フイルムの岡崎文次らは、レンズ設計のための計算機FUJICの組み立てを始めた。Los Alamosでは、Metropolisの主導により開発していたMANIAC Iが3月に稼働した。Reminton Rand社は Read more…

新HPCの歩み(第9回)-1951年-

8月 31, 2020 |

1951年度の文部省科学研究費により東京大学でのTACの開発が始まった。アメリカでは、陸軍傘下でEDVACが部分的に稼働し、ORDVACも運用を開始した。海軍傘下ではWhirlwindが作動した。UNESCOは、大型計算 Read more…

新HPCの歩み(第8回)-1950年-

8月 24, 2020 |

1950年、大阪大学の城憲三らはENIAC型演算装置を真空管で試作した。日本ワットソン統計会計機械株式会社は、C. M. Deckerが社長に就任し、日本インターナショナル・ビジネス・マシーンズ社に改称した。アメリカでは Read more…

新HPCの歩み(第7回)-前史(g)-

7月 13, 2020 |

日本の開国後、欧米から優れた技術が流入し、政府はその対応に追われた。国の機関でその後追いや研究開発を進めるとともに、第二次世界大戦前後には、民間企業もコンピュータの開発に取り組んだ。 日本のコンピュータ開発の源流 1) Read more…